KDP前年比
KDPに限った数字だが、有料販売数が去年の合計を上回った。といっても、一冊だし、そもそも微々たる数字だ。
2014年は2月から始めて8冊出した。今年は3冊なので上々だろうか。視点を変えれば、去年出した8冊も今年売れているので、蓄積(?)の御陰もあるかもしれない。今年出した3冊のみを去年の有料販売数と比べると約72%。既刊は28%。これは大きいかもしれない。
KDP以外にも配信しているので、それを加えれば今年はもっと売れている。まだ正確に集計していないが、他ストアを含めれば、前年比は約122%。ふむ。
こう書くと、満更でもないが、忘れてはいけないのが、そもそも微々たる数字だということ。
方向性は間違っていないのかな。それとも、バカみたいに間違っていて、もっと良い方法を取っていれば結果は違ったのだろうか。
宣伝するのって、なんとなく気恥ずかしいし、方法もよく判らない。今年の始めには、こんな記事も書いた。
ouki-bouichirou.hatenablog.com
とりあえず、直近二作ではランディングページを作ったり、予告編を作ったりもした。宣伝というよりも、それ自体を作るのが面白くてやっていた。
まぁ、そんな感じだ。そんな感じで前年比122%だ。
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しかし、一体何のために、こんなことをやっているのだろうか。売り上げなんて、大した額ではない。だから、お金のためではない。(お金のためだったら、なんて健全だろう!)
何が目的なのか。何が欲しいのか。承認? いま流行の承認欲求だろうか。作ることが楽しい。それだけなら、どうして発表しているのだろうか。
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圧倒的な同情が欲しい。
現在、世間で広く用いられているニュアンスとは、ちょっと違う。
「同情」という言葉は、あまり良い意味では使われていない。「可哀想がる(←こんな言葉あるか?)」みたいな。「憐れむ」に少しの「蔑み」を加えたような。
そもそも本来は、そんなに悪い意味ではなかったはずだ。
「あいつは可哀想なヤツだ。同情するね」なんて言い草をよく聞くが、これはきっと皮肉なんだと思う。「適当」や「いい加減」という言葉が、字面から読み取れる意味とは逆に用いられているのと同じなのかもしれない。わからんけど。とっぽいヤツは、皮肉を言われても気付かない。でも、自分が口にしている言葉が皮肉だと気付いていないヤツよりかは、少しだけマシな気がする。
僕は「同情」という言葉が好きだから、絶対に悪い意味では使わない。だからこそ、僕は自分の作った物に対して、同情が欲しいのだと思う。言いたいこととか、伝えたいこと、メッセージなんてものではなく。
「共感」なんてチープなレベルを通り越えて、圧倒的な同情が欲しいのだと思う。
星野 源 - 日常 【MUSIC VIDEO】 - YouTube