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王木亡一朗ランキング

 唐突ですが、現時点での王木亡一朗ランキングを発表します。

 カウントダウン OKB!

 ちなみにkenp(ケンプ)というキンドル読み放題対象作品の数値のデータから作成したランキングです。読まれたページ数的なものですね。買い切りだと1ページも読まれなくても販売数としてカウントされますが、ケンプだと実際に読まれたページ数が数値になります。なのでより参考になるかと。多分。

 

 10位 LaLaLaLIFE

夫婦茶碗』『ユリコのゆりかご』『魔法のじゅうたん』『不揃いのカーテンレール』が入っています。なんとなーく各作品が繋がっている、日々の生活や、そこからちょっとはみ出したエピソードにフォーカスを当てた連作短編です。

 ちなみにララナントカって映画が少し前に話題になりましたが、こっちの方が先ですので!(なんの予防線?)

 暮らしの小説大賞という新しい賞ができるらしいとの情報を見かけて、その当時、『不揃いのカーテンレール』を書いている途中だったので、字数を合わせるために連作短編にしたんだった思います。『不揃いのカーテンレール』はわりと気に入っていて、自選短編集『アワーミュージック』にも収録しました。

 表紙の写真は、当時住んでいた町で撮ったもの。ちなみに賞は箸にも棒にも……。まぁ、賞自体も世間的には箸にも棒にも……。(だって知らないでしょ?)

LaLaLaLIFE

LaLaLaLIFE

 

 

 9位 他人のシュミを笑うな

 記念すべき(?)、王木さんのセルパブ第一弾。記念すべき第一弾なのに、どっかで聞いたことあるようなタイトルなのはご愛嬌。本当はオリジナル曲でデビューしたかったのにカバー曲でデビューさせられたニルヴァーナに敬意を払っているという噂もありますが、嘘かもしれません。これも連作短編ですね。わりとこのゆるく繋がっている連作短編が好きだったのかも。「ベストスコア」「アホの坂田」「明子先生の結婚」を収録。確か全部で3万字くらいのコンパクトな作品です。

 

他人のシュミを笑うな

他人のシュミを笑うな

 

 

 8位 王木レディオ

 本家である村上RADIOがもともとエッセイだったので、ポロロッカ的に作った王木亡一朗初のエッセイ。レディオは月一ペースでなんとか続いているものの、こっちはもう出ないんですかね? どうなんですか? でも8位にいますね、その他の小説を差し置いて。ただ、このランキングはキンドル読み放題で読まれた数値のデータなので、新しい本ほど有利というか、古い本は刊行時には読み放題なかったわけで。だから、上の2作がトップテンに入っているのも、なんていうか嬉しいですね。

王木レディオ

王木レディオ

 

 

 7位 kappa

 表題作『河童』がメインで、他は当時の未刊行の短編をまとめたもの。『any day now』は表題作との関連あり。『他人のシュミを笑うな』が初KDP用に書き下ろしたものでしたが、この『河童』も、それまで何にも発表せずもくもくと書いていた王木さんが、初めてネットで発表することを前提に書いた作品です。

 ミステリではないけど、ミステリの手管をつかってみました。独りよがりの部分はまだまだあるにせよ、読者を意識した初期亡一朗の秀作ですね。

(自分で言うか?!)

kappa

kappa

 

 

 6位 サインカーブに浮かぶ日

  ここにきて最新作が早くもランクイン。新しい方が集計の手法上有利とはいえ、まだ先月出したばかりですからね。最新作が評価されるってのはやっぱり嬉しいものです。

 2019年4月から約月一ペースで連載していた作品です。ヤマなし、オチなし、意味なし(?)な、日常系とでも言うべきでしょうか。いや、イルでチルなアンチコマーシャリズム小説! 何を言ってるんだ? という感じですが、そんなアティチュードで書きました。うーん、正直な話、万人にはオススメ出来ませんねぇ。上級者というか、ある程度小説を読みなれた人向けというか(上から目線)。

(ジョークです)(本気にしないように)

サインカーブに浮かぶ日

サインカーブに浮かぶ日

 

 

 5位 ティアドロップ

 王木作品にちらほら出てきて、作品によっては主人公だったりする橋本くんの中学生時代のエピソード。

  精神病院を舞台にしていますが、ある意味ファンタジーな感じもしないでもないです。成長という名の若さの喪失と、自分の『好き』を詰め込んだ、初期亡一朗の一応のピリオドでしょうか。

ティアドロップ (ライトスタッフ!)

ティアドロップ (ライトスタッフ!)

 

 

  4位 夏の魔物

 こちらは、ひとつのテーマでまとめた短編集。ホラーでもSFでもないけれど、異形のモノをテーマにした作品。そういう意味では『河童』と同系統の作品ですかね。

ライトセーバー(My Sweet Little Fairy)』

『ヘレン、ゲッタウェイ・フロム・ミー、ユー・ビッチ!(Helen,Get Away From Me,You Bitch!)』

サイクロプス(Cycrupse)』

『TVゴースト(Since You Were Born)』

夏の魔物(Individual Summer)』を収録。

  王木さん自身も30代になり、それまでの小説と違ったいわばシーズン2のスタートとも言えるかもしれません。

夏の魔物: Out of Standard

夏の魔物: Out of Standard

 

  3位 Our Numbered Days

 元バンドマンの悲喜こもごもを綴った、青春がおわったあとの音楽ストーリー。それまではなんとなく一本の映画を意識して書いていたのですが、これはテレビドラマを意識して書いています。月9とかの1クール11話くらいの。内容的には月9というより、木10かな(知らんけど)。

  奥さんの家族と訳あって一緒に暮らすことになるというサ◯エさん的なイントロダクションなんですが、表紙の画像は『フルハウス』の家っぽいな、と思って決めました。

Our Numbered Days

Our Numbered Days

 

 

 2位 ガールフレンド

 またまた短編集。甘酸っぱい記憶が蘇る、ガールフレンドたちとの物語、ということで、そんなコンセプトでまとまっているはずなんですが、どっちかといえば『自分』のことばかり、というそんな感じ。自分大好きというより、なんだかんだで自分が可愛い奴らの物語かもしれません。収録作は『小説ガヴァドン(I Wish I Was)』、『ふさわしい場所(A Better Place To Pray)』、『星のメロディ(Someday My Princess Will Come)』、『春の窓辺(The Long Good Day)』の4作。

ガールフレンド

ガールフレンド

 

  1位 Lost in Conversation

 来ました。堂々の一位はこちら。小学生が仲の良い友達とワイワイ夏休みに遊んでいたら、悲しい出来事が起こってしまい、それから………。という内容。安易に感傷的な方向に流れていく王木さんのクセを、自ら逆手にとって(というか開き直って)、全開にした小説です。それまで良くも悪くも当たり障りのないストーリーを書いてきた王木さんですが、どうしちゃったんでしょう?

 執筆時期は3位の『アワナン』より前、その一年前には書き終わっていたのですが、発表するのを渋ってアワナンよりあとに。アワナンはこれの反動もあってか、優しい物語になりましたが。王木亡一朗シーズン2の問題作、と言えるでしょうか。

Lost in Conversation

Lost in Conversation

 

 

サインカーブに浮かぶ日が出た。

 あ、ども。こちらではお久し振りです。王木亡一朗です。

 たまにしか更新されないブログって意味あんのか? とも思いますが、こういうのって毎日更新されてれば価値があるかもしれませんが、中途半端に週一とか月一で更新するくらいなら、いっそ本当にたまに更新するほうが逆に良いんじゃないかと思うんですよ。「えっ? マジで!? あのブログ更新されたん!?」くらいの方がレア度があるというか。真鍋かをりさんのブログだってそうだったでしょう? (比べんなや)

 

 ということで、新刊出ました。noteとかセルバンなんとかでほぼ月一でダラダラ連載していたやつです。一応加筆修正してあります。今回は例外的にあとがき的なもの付いてます。全11話。十万字くらい。

サインカーブに浮かぶ日

サインカーブに浮かぶ日

 

  内容紹介をね、今回は真面目に書いてみたんです。いや、いつも不真面目なわけではないですよ。でもそうしたら、あらすじが判らなくなってしまったんで、noteに掲載した第一話は残しておきますね。アマゾンページのサンプルからでも二話の途中までは読めるっぽいです。

note.com

ではまた忘れた頃に。

SAYONARA 2019

 さてさてさて、今年もこのエントリを書く時期がやってきましたね。今年で五回目。この調子で毎年恒例になっていくのでしょうか。というか、五回もやっていれば既に毎年恒例でしょうかね。はてさて、王木さんの2019年はどんな年だったのでしょうか?

 

 1月。エッセイ『王木レディオ』発売。

 初の試みとして、2019年一発目にエッセイを出しました。内容としては、YouTubeでやっている王木レディオで取り扱ったテーマを用いて、エッセイらしきものを書いてみよう、というもの。本家(?)村上RADIOがもともと村上春樹氏のエッセイだったことから、ポロロッカ的に実施した企画でした。

 ところで、第二弾はあるのでしょうかね? 途中までは書いているけども……。

 こちらもKindleUnlimitedで読めます。

王木レディオ

王木レディオ

 

  3月。娘爆誕

 実は2018年の年末エントリで「あとは別件ですが、平成最後の月になんか出ると思います。(小説ではないです)」などと書いていたのが、これです。予定日が4月の初週だったのですが、早まって3/22となりました。この日はたまたま休みで、だからこそ当時は生配信でお送りしていた王木レディオの弾き語り回になる予定ですが、早朝、奥様が破水。娘が爆誕し、予定していた第21回「永遠」は、いまのところ欠番扱いとなっております。いつかリベンジしたいと思ってはるのですが、欠番回があるのもウルトラセブン的で趣があるのかも、などと思わないでもない昨今。いや、いつか別の形でもリベンジしたいですけどね。

 

ouki-bouichirou.hatenablog.com

 


#20.5 王木レディオ「臨時レディオ」

 

 4月。ヤマなし、オチなし、意味なし(?)の不定期更新でアンチコマーシャリズムなチルアウト連載こと『サインカーブに浮かぶ日』がスタート。ほぼ月一の更新で、現在第9話まで公開されております。

 年明け早々、いや中旬ごろかな? 最終話を更新したのちに、加筆修正を施してリリース予定です。第1話をアップした後に、自分なりになかなかの感触を得まして、個人的に今までやっていなかった書き方をしているので、いよいよ終わるとなると感慨深さが少しだけあります。テーマ的には薄くではあるものの、『kappa』や『夏の魔物』などとも共通する部分もあったりなかったりするのですが。

 レディオの方でも少し話しましたが、この作品は紙媒体でも出してみたいとほのかに思っています。やり方が全然判りませんけどね。これから色々と調べてみます。もしかしたら誰かに尋ねるやもしれません。その時は優しくご教授ください。

 

note.com

  7月。『Our Numbered Days』の続編『anyone can play guitar/I Think Ur A Contra: sequel to our numbered days』発売。

 タイトルが長いw 前年に『アワナン』の再連載的なことをしていまして、そのときにふと、後日談的な物語を書いてみたいな、と思い『anyone can play guitar』をnoteで連載し、書き下ろしの『I Think Ur A Contra』付け加えたもの。『アワナン』は個人的にも大切な物語になり、それをこのような形で一旦、閉じれたことはよかったな、と思っています。

  本編はこちら。

Our Numbered Days

Our Numbered Days

 

 

 9月。引っ越し。

 個人的なことなので、ここに書くのもどうかなと思ったのですが、新たな書斎が出来たので、一応書いておきますw いやー、買っちまいましたね。というかやっちまいました。これで色々と捗っているかと問われると「?」という感じですが、いや、でもよかった。お前らも買え。ハンコ押すだけだぞ!

(嘘です)

ouki-bouichirou.hatenablog.com

 王木レディオ、二年目も無事終了!

 昨年の6月からスタートした王木レディオも二年目が終わり、2019年は17回お送りすることができました。前述の事情で途中お休みもしたのですが、プレミア公開機能を使って再開。夏にはスピッツ夏の魔物』、年末には福山雅治さんの『最愛』を弾き語りカバーしました。こんな感じで『永遠』も弾き語りましょうかね。

 来年一発目のテーマは「中毒!」です。お便りお待ちしております。

ws.formzu.net

▼王木レディオシーズン2再生リスト

www.youtube.com

 といったところで、王木さんの2019年はこんな感じでした。来年の予定としては、やはり『サインカーブに浮かぶ日』の刊行と何らかの形で紙書籍も作りたいな、と。次作の構想とか一切ないのですが、どうせ何かしら書くことでしょう。あとは書籍版王木レディオですね。

 王木レディオは続けます。あと去年も書いたのですが、原稿依頼も実は受け付けております。短編、掌編、軽いエッセイ、etc。音楽(ロック)と映画ならそこそこ。小説は実はあんまり詳しくありません(えっ)。スポーツとかそっち方面はからきしです(おい)。世相は切ります!(去年のコピペ)

 

 ともあれ、今年もありがとうございました。

 いよいよ来年は2020(ニーマルニーマル)!

 世界を大いに盛り上げるオウキンピックイヤーにしようぜ!Yeah!

 

ouki-bouichirou.hatenablog.com

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 KDP文学賞、狙ってます。

久々に無料キャンペーンをやります。

 ということで、こちらではお久しぶりです。

 みなさんいかがお過ごしでしょうか。王木亡一朗です。

 すっかり寒くなってきましたね。もうすぐ冬本番。今年も残すところ、あと一ヶ月となりました。早いものですね。2019年という響きにやっと慣れてきた頃なのに。もう2020年ですって。ミレニアムがもう20年前! そのうち新しい年に慣れないうちに一年が終わり、ただただ通り過ぎてしまうだけになってしまうのでしょうか。まさに「All Things Must Pass」ですね。


George Harrison - All Things Must Pass

 

 そんなこんなで(?)、先日、文学フリマ東京に行ってきました。文学好きの有象無象がひしめき合っている(言葉悪くない?)のを見て、自分の中の何かが感化されてしまい、なんだかいてもたってもいられなくなってしまいました。気になったものはとことん買うぞ! の精神で挑みました。お会いしたかった方々ともお話できてよかったです。

 ということで、脈絡がないようにも思えますが、下記二作品の無料キャンペーンを27日まで実施します。実際はアメリカ時間なので28日の17時までです。

 無料キャンペーンに関しては色々と思うところがあって、あんまりやらない派なので、この機会にぜひとも。

 

Our Numbered Days』

ひょんなことから、奥さんの家族と同居することになった元バンドマン。 孤独だった彼の新しい家族との悲喜こもごも!
みんなで暮らすのは楽しいけれど、この家族、やっぱりちょっと変!?

第1話 Smells Like Teen Spirit
第2話 Carry That Weight
第3話 She’s Thunderstorms
第4話 Don’t Look Back In Anger
第5話 Further Complications
第6話 Killer Cars
第7話 Spit On A Stranger
第8話 The Queen Is Dead
第9話 Bitter Sweet Symphony
第10話 I Am The Resurrection
王木亡一朗のネオ家族小説!

Our Numbered Days

Our Numbered Days

 

 

anyone can play guitar/I Think Ur A Contra: sequel to our numbered days』

2016年6月に刊行したネオ家族小説「Our Numbered Days」の後日談です。
発表から3年経ち、ふとしたことから、続編を書いてみようと思い、書いた作品です。
noteで連載した「anyone can play guitar」と書き下ろしの「I Think Ur A Contra」というお話の二本組みです。
単体でも楽しめるように配慮したつもりですが、やはり本編の「Our Numbered Days」を読んでいただいていた方が楽しめると思います。
二つ合わせても2万字くらいの短い作品です。

 

 ちなみに最新作的なものは、noteなのでほぼ月一連載している『サインカーブに浮かぶ日』という小説です。

note.com

 ではでは。

世界の書斎から

 こちらではお久しぶりです。王木亡一朗です。

 とある事情から引っ越しました。広い家に。ということで、移転に伴うネットの開通工事が遅れに遅れ(そもそも俺が連絡するのが遅かったんですが)、やっとこさネットが繋がるようになりました。いやー、長かったエイペックスレジェンズも一週間以上お預けですし、家のWi-Fiもないので、ネトフリやYouTubeなどの動画も楽しめず。苦しい一週間だった……。やっぱりネットがつながらないとダメです。ネット依存症です。

 そんなわけで、書斎のレイアウトを変えました。書斎というか、ただの自室ですけどね……。新しく買ったのは本棚くらいで、他の家具は前の家で使っていたものです。リビング系の物も新調していたので、旧リビング家具を僕の部屋で引き取ったというか。

 

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 机周りはこんな感じ。左側がパソコンで、右側が手書きスペースみたいな感じに。手書きなんて全然しませんが。そうそう、ヘッドフォンハンガーを新しく買いました。やっぱりあると便利です。今までは良くて机の上、大体は床に置いてありましたからね(イヤフォンが床に落ちてるのは、たまたまです)。

 

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 机の左側はこんな感じで、小さなノートなら広げられます。ペン立てがごちゃごちゃしているのはご愛嬌。本棚を組み立てた時のドライバーが刺さってますね。アップル製品詳しい人だと、このリンゴマークの向きに違和感を覚えるはず。これはあとで説明します。

 

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そんで、デスクの前がこんな感じ。あえてこの配置にして空間を区切ってます。なんだか、今回の王木ブログはCasaっぽくないですか? あんまり読んだことないんですけど。というか、このレイアウト、見る人が見たら「アレじゃね?」と思うかもなんですが、元ネタはアレです。この記事の最後にヒント書いときますね。

 

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機材は今はこれで足りてます。左から、ミキサー、リバーブ。下の黄色いのはオーバードライブ。ミキサーが1chにしかゲインが付いてないので、2chのボリュームを稼ぐために繋いでます。厳密に言うといろいろとアレなんでしょうけど、まぁ良いかなというか。こいつらも前までは机の上に乗ってたので、この台も手書きスペス確保に役立ってます。手書きなんて滅多にしませんが。

 

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リンゴマークの向きですが、こんな感じで、ソファ側からMacをいじれるように、あえてこの向きなんです。こっち側からだったら、王木レディオ収録とかでGarageBandを使うくらいなので、長時間キーボードを打つとかはないし、録ったあとの編集はデスク側からやれば良いので、ソファ側からはRキーとかスペースくらいしか押さないだろうし、トラックパッドもあるので充分かなと。奥様に「こっち(ソファ側)からもパソコンいじれるんだよぉ」と言ったら「横着なヤツだねぇw」と言われました。なんというか、ちびまる子ちゃん的なノリで。うちの奥様は毎週録画して観ています。

 

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新調した本棚。ある程度、引っ越し前に整理したのに、すでに入りきっていませんね。床に平積みされています。もう紙の本は買えないというか、今あるものと入れ替えになりますね。雑誌のスペースを工夫すれば、あるいは……、と言った感じですが、雑誌こそ一度手放すと後から取り戻しにくいですからね。悩みどころです。

 

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 仕舞い込んでたギターを一旦、外に出しました。こいつらも、正直もうあんまり使ってないから、軽くメンテしたらまた仕舞おうかな。このスペースに新たな本棚を置くのも良いのかな、なんて考えてますが、部屋が狭くなるのもなぁ、というかキリがないしなぁ、と悩んでいます。そもそも、入りきってないのは本だけじゃなくて、CDとDVDもなんですよね。もっというとVHSとかもあるんですが、VHSはさすがに処分ですかね……。ビデオデッキが壊れてしまったので。昔、中古で保護したヴェンダースの初期作品とかもあるんですが、うちにあっても観られないからなぁ。

 

と言った感じで、自室紹介でした。

あ、そうそう、レイアウトは某国民的作家「MHさん」のお部屋を参考にしました。多分、「MH 部屋」とかで検索すると画像出てくるはず。数年前に、「Mさんのところ」という読者というか一般の人からの質問に答えるという企画をしていて、そのときの写真ぽいです。

 

いかがでしたか?

 

いろいろと捗りそうでしょ?

そんなこんなで、自室は良いぞ。お前らもローン組めよ、ハンコ押すだけだぞ。

 

あの・・もうすぐ三十四歳になるんですケド。

 

 もうすぐ三十四歳になる。具体的にいえば、8/30だ。同じ誕生日の有名人は、嵐の松潤井上陽水キャメロン・ディアスなど。錚々たるメンツである。まぁ、こんなことで威張っても仕方がないが。

 別に若さに執着があるわけではない。節目、などと特に意識しているわけでもない、と自分では思っている。厄年だとかジンクスだとか、そういったものを本気で信じているわけでもない。けれど、やっぱりどこかで意識はしていて、この「三十四歳」という年齢も、以前から頭の片隅に鎮座していた。

 思えば「三十四歳」以外にも、なんとなく意識していた年齢というのはあって、たとえば原田宗典の小説の影響で「十九、二十歳」なんて年齢には、過ぎ去ってしまった今でも、どこかノスタルジックな思いがある。新潟の実家を出て上京した年齢だというのもあるし、先輩から薦められて、まさにリアルタイム(?)で、この小説を読んだということもある。

 あと僕は昔、音楽というかバンドをやっていて、それはロックバンドだったのだけれど、ロックという音楽をやっている多くの人たち(最近は知らんけど)は、やはり「二十七歳」という年齢は多かれ少なかれ意識してしまうと思う。これは「ロックの厄年」などと言われていて(誰に?)、ジミ・ヘンドリクス、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリンブライアン・ジョーンズカート・コバーンなどなど、ロック史に名を残したミュージシャンたちの多くが二十七歳で亡くなっている。最近(?)だと、エイミー・ワインハウスなどもそう。通称「27クラブ」だ。

 なので、僕も音楽をやっている時は、なんとなくだけれど「二十七歳」という年齢は意識していた。具体的に、なにをどうこうしていたわけではないのだけれど、まるで何かのタイムリミットのように、「二十七歳までには、音楽で何かを成し遂げたい」と、ぼんやりと思っていた。ぼんやりしすぎて何も成し遂げられなかったのだけれど。

 そして、そんな時間も過ぎ去り、今そこにある危機、というかもう目の前に迫っているのが、「三十四歳」だ。なにをそこまで? とお思いの方もいるだろう。僕もそう思う。でも、高校三年生、十八歳のときに読んだある小説の一場面が、ずっと心のどこかにこびりついている。以下に、その場面を引用しよう。

「心配しないで大丈夫よ」と彼女が言った。「このおじさんは冗談もうまいし、気のきいたことも言ってくれるし、女の子には親切なの。それにお姉さんのお友達なの。だから大丈夫よ、ね?」
「おじさん」と僕は唖然として言った。「僕はまだおじさんじゃない。まだ三十四だ。おじさんはひどい」

でも誰も僕の言うことなんか聞いていなかった。彼女は女の子の手をとって玄関に止まったリムジンの方にさっさと歩いて行ってしまった。ボーイはサムソナイトをすでに車の中に積み込んでいた。僕は自分のバッグを下げてその後を追った。おじさん、と僕は思った。ひどい。

  村上春樹ダンス・ダンス・ダンス」の一場面だ。僕はこの小説を十八歳のときに読んで、三十四歳の人が「おじさん」と言われただけで、こんな反応をするものなのか、と首を傾げた。当時の僕からすれば「三十四歳」とは、個人差こそあれ、それはもう「おじさん」だった。けれど同時に、これから先の人生で「おじさん」呼ばわりされたとき、三十四歳までは、こういう反応をしても良いのだろうな、とも思った。

 そんなこんなで、「三十四歳」という年齢は、僕にとっての「おじさん/非おじさん」の分水嶺的なものになった。特に三十歳になって以降は、誕生日が近づくたびに、まだ「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公のように主張しても良いのだ、と半ば自分に言い聞かせて心の平静を保っていた。なのに! とうとう、その歳がやってくる! やってきてしまう! どうして俺が三十四歳なんかにならなくちゃいけなんだ! 何も悪いことはしてないのに! と、思わないでもないが、そんなことを考えていても仕方がないし、悪いことをしてきていないとも言い切れない(えっ)。

 ともあれ、なってしまうものは仕方がない。こうなったら堂々と「おじさん」として、若い芽を摘んでいくぞ! 「young sprout harvester」というタイトルで一曲作れそうだ。ニール・ヤング調で。作らないけど。

 冗談やで。

 

あの・・こんなんできましたケド。

あの・・こんなんできましたケド。

 

 

 

日常が続いていくということ

 日常が続くということ、に対して若い頃は当たり前に受け入れられなかったけれど、この歳になるとそうでもなくて、そういうことの価値を判るようになったというか、自分の楽しみは日常の中に、その延長線上というか、それを抜けた先にあるというのが判ってくる。というより、日常が脅かされると、途端に自分のやりたいことや楽しみにしていることが出来なくなって、それはつまり、単に仕事が忙しいとか体調を崩してしまったりとか、そういうことなのだけれど、だから日常が続いている、続いていくということの価値をいまは理解している、というより若い頃は誤解をしていたのかもしれない。

 

 安穏な、終わらないと思っていた日常が、なんの予告もなしに突然、それも理不尽なかたちで終わってしまうことは、昨今のニュースを見れば判ることで、地震、雷、火事、通り魔、テロ、台風その他の自然災害、事故、etcと様々ではあるけれど、どれもいつか自分の身に降りかかる可能性があり、娘が生まれた今となっては自分の身を守るだけではなく、むしろ子供の安全まで、自分の守備範囲を広げなくてはならなくなった。まぁ、それ自体は別に構わない。

 

 ただ思うのは、そうやっていとも容易く日常というのは終わってしまい、その後、運良く生き残れたとしても、なんてことのない日常を取り戻すには、とてつもない労力がかかる。この前、季節外れの風邪をひいて、それが一週間以上長引いた。風邪ですら、そうなのだ。

 

 なんの話かといえば、なんの話でもないのだけれど、僕が好きな京アニ作品は、やっぱり「けいおん!」で、自分も昔バンドをやっていたから、というのもあるのだけれど、バンドあるあるに頷いたり、思わず「えっ?」と思う場面に遭遇したり(マラソン大会のあと、お汁粉飲むか普通?)、いわゆる「日常系」というジャンルをそれまではあまり理解していなかったのだけれど、テレビシリーズと劇場版を何度も観て(そう、何度も観た)、時に涙したり、ちょっと凹んだりしていた。この「凹む」ってのは、いい意味で(いい意味?)、打ちのめされるというか、そんな感じなのだけれど。

 

 ネタバレかもしれないけれど、劇場版では、唯が梓のために作る曲を「壮大な、先輩らしい、カッコいい曲」にしようとあれこれ考える。考えるうちに、ふと閃くというか何かが頭をよぎるのだけれど、それが何かはわからない。けれど彼女らの楽曲「ごはんはおかず」をキーワードに「いつもの自分たちらしい曲で良いのだ」と気がつく。ホテルの部屋で、この曲の歌詞の英訳を話していたあと、イベントでこの曲を演奏したあとなどに、気がつく。ごはんはおかずだと。

 

 劇場版では、彼女らは卒業旅行でロンドンに行く。他にも3つほど候補があったのだけれどあみだくじ的な(部室で飼ってるカメに選ばせる)方法でロンドンに決まる。その前日談である「けいかく!」の最後、他の候補地に行けなくて残念だね、というと唯は、梓の卒業旅行で他に行けば良い、と言う。そして、大学の卒業旅行と、翌年にあるであろう梓の大学の卒業旅行でも行こうという。そうすればほかの3つの候補地も行ける。「私たち、どこにだって行けるよ」と。

 

けいおん!」は唯たちの卒業で物語の幕を閉じたけれど、彼女たちの日常は続いていく。それを示唆しているような足元のカットで映画は終わる。

 

 日常が続いていけば、いずれどこにだって行ける。日常が続いていくということの価値は、きっとそこにある、と僕は思う。

 

 だから一日でも早く、日常を取り戻してほしい、なんてことは言えない。言えないというか、無責任な気がして憚られる。取り戻せないものもあるからだ。自分に何が出来るのか判らないし、何かが出来るとも思えない。けれど待っていようと思う。何かができるときには何かをしようと思う。作品を通じて、またどこかに連れて行ってほしいと思う。きっと、どこへだって行けるのだから。