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読木読一朗 第一読「フリーズドライ」〜夏100より〜

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「セルフパブリッシング夏の100冊 2016」の中から、僕が読んだ作品を僭越ながら勝手に語るシリーズです。

 第一回は、こちら。

フリーズドライ

フリーズドライ

 

  そう感じる。
 ――いつの時も、それが僕の大問題。

 18歳の祥平は中学生の時に受けた傷をきっかけに無気力のかたまりとなったひきこもり。
 そんな彼をなかば強引に外へ連れ出したのは『拝み屋』の伯父だった。
 オカルト性ゼロの青春小説。長さは400字詰め原稿用紙で80枚程度です。  

 

 若い時には、それなりに万能感があった。その気になればなんだって出来るし、どこへだって行けると思っていた。それが、歳を重ねるにつれ、だんだんと勘違いだと気づいてくる。挫折、なんて大げさなものではない。むしろ、そっちのほうが良いくらいだ。

 何もできないしどこへも行けないのは、万能感の裏返しでもある。

「その気になれば、なんだって出来るし、どこへだって行ける」

 けれど、することがないし、行く場所がない。やるべきこともなければ、行くべき場所もない。縛られていない、自由な状態とも言えるかもしれない。でもそれゆえに、何もできない。

 そして、その気になれば、というのは「それなりの労力を払えば」ということで、そんな労力を払ってまで、したくもないし行きたくもない、と気づいてしまうのだ。

 たとえば、1000万円ほどあれば、いろいろなものが買える。多くの人にとって、その気になればどうとでもなる金額だろう。そんなことはない、と思うだろうか。でも、10年、もしくは20年かければ、無理な話ではない。実際、世の中には、いわゆるお金持ちでなくとも、そのくらいの買い物をする人はいる。

 ただ、人生それだけではない。一切脇目も振らず、それだけにお金と時間を費やすことは難しい。家族や恋人、それなりの生活。それらを放棄してまで、欲しくはないのだ。

 雨之森散策「フリーズドライ」は、中学時代のとある出来事がきっかけで、無能感に苛まれている18歳の少年の物語だ。劇的なことが起こるわけではない。怪しげな活動を行っている叔父に誘われ、彼は狭くはあるが、確実に外の世界へと連れ出される。

 彼は、自分の人生を「とりあえず保留」としたまま過ごしている。そして、自分にとって万能感の象徴だったものが、ただの物体に過ぎないと気づき、万能感そのものが、幻想だったことに気づく。いや、とっくに気付いていたことを、思い出すのだ。

 ラストの主人公のセリフに、僕は心を奪われた。月並みな表現だけれど、後ろから頭をガツンと殴られたような衝撃だった。

 短い物語だけれど、ゆっくりと読んでみて欲しいと思う。

natsu100-2016.tumblr.com