秋の夜長 第十夜「鍵の中の子供」
秋の夜長 第十夜「鍵の中の子供」
#akiyonaga
— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
車の中から、母を見つめる私。子供の頃の記憶。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
ドアを閉めたあと、「インキーしちゃった」と、私の存在を透明にした母が言う。
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そして、スーパーの入り口脇にある公衆電話へ向かい、父に電話をかけるのだ。
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私の父は、もう典型的なダメ男で、仕事も長く続かないし借金はあるわのロクデナシなのだけれど、その堕落っぷりにも母は付き合っていた。むしろ、ダメな男に引かれてしまう性質で、まぁ、強引に良く言ってしまえば、相性は悪くなかったのだろう。
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けれど、そのダメっぷりに女癖の悪さがプラスされてしまって、これまた典型的なパターンなのだけれど、近所のホステスと関係が出来てしまってからは、母はなんとか父の気を引こうと、露骨なまでのアピールをするようになってしまった。
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そしてついに、母は私の存在を消してしまった。私が車の中にいるにも関わらず、「インキーしちゃった」と父に助けを求める。
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この日以来、母は私が見えなくなったようだ。視界にあるのは父だけ。自分の愛した男が、かつてのようにまた、自分を見てくれるようになるにはどうすれば良いか、それしか頭に無くなったのだ。
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母が電話をかけてから三十分後、父がやってくる。面倒くさそうに、のそりのそりとスーパーの駐車場に入って来た父は、私が乗っている車に近づき一瞥をくれると、「なんだ、いるじゃねーか」とぶっきらぼうに言った。
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このとき、私はひどく嬉しかったのを憶えている。いや、嬉しかったと言うよりかは安心したのだ。当時、私は五歳で、母のその真に迫った表情から、本当に自分が消えてしまったと思っていたから。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
それでも、父と母は別れてしまう。父が例のホステスと駆け落ち同然で蒸発してしまったからだ。父が消えてから三ヶ月後、離婚届が郵送されて来た。
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朝、郵便受けからそれを見つけた母は、暗くなるまでずっと、その紙切れを見ていた。私の声は届かない。
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それまでずっと、最低限の世話はしてもらっていたけれど、会話らしい会話はしていない。私はその日、買い置きのお菓子を黙って食べていた。ポテトチップスとひねり揚げ。甘い物が食べたかったけれど、どうにもならないな、と思っていた。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
ダイニングのテーブルの上で泣いている母を、私は見つめていた。お菓子はもうない。ベタベタとした手を持て余しながら、今夜の夕飯はないのだろうか、と思っていた。
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けれど、母はその紙切れを仕舞うと立ち上がり、洗面所で顔を洗ってから、口紅を引いた。そして数ヶ月ぶりに私の名前を呼び、ご飯を食べに外に連れ出した。
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再び母に私が見えるようになった。きっと、一人では生きていけないことを悟ったのだろう。この日、何を食べたのかを、私は憶えていない。何でも好きな物を食べても良いのよ、と母は言った。それでも、私は何を注文したのかを、まるで憶えていない。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
ただ、なんて都合の良い人なんだ、というようなことをずっと思っていたのは憶えている。子供だから、難しい言葉は知らないんだけれど、そんなようなことを。
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母に対する嫌悪感とまた私を見てくれているという安心感が相殺しきれずに、不完全燃焼を起こしているようだった。
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正気に戻った母は、それから女手一つで私を育ててくれた。私のことが見えなくなることはなく、むしろ、そのときの記憶はないようだった。とぼけているワケでもなく、本当に。
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私が、「ほら、昔、スーパーの駐車場で、インキーしたことあったじゃない?」と、何気なく言ってみても、「そんなことあったけねぇ」としか言わない。都合の悪いことは憶えていない。母はあのときの記憶の方を、透明にしたようだった。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
別に、恨んでいるわけではない。母も母で、ギリギリだったのだろう。それを責めることは、なんだか申し訳ないような気がした。人間誰だって、自分で捌ききれない気持ちというものはある。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
なにより、その後、母は一人で私の面倒を見てくれたのだ。一人で生きていくことが出来なくて、一度透明にした私に、色を付けた。自分が生きるために、私を育ててくれたのだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
でも、
「なんだ、いるじゃねーか」と、
父が言ったときの、
母の顔を、
今でも憶えている。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
私と目が合っているはずなのに、
虚空を捉えているかのような、
空虚な瞳。
あの人の目に、私は映っていない。
怖いとか悲しいとか、
そういう感情じゃなくて、
寂しいとか淋しいとか、
そういうのでもなくて。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
ただ、虚しい。
そんな言葉を知らない、
子供の頃の感情は、
後付けで意味を与えてみても、
和らぎはしない。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
それにしても「インキー」って変な言葉だ。和製英語丸出しというか。
「in key」って全然意味が判らない。鍵の中? 頑張っても「キーイン」じゃないのかな?
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27
って、そんなことはどうでも良いのだ。そもそもどうやるのかも判らない。今の車はリモコンだし。
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「内側の鍵をかけて取っ手を引きながら、ドアを閉めるんだよ」と彼氏に教えてもらうけれど、私はやらない。あの「キュォンキュォン♫」って音が好きなのだ。
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キュォンキュォン♫
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おわり。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 27