秋の夜長 第七夜「ムナクソワル夫」
秋の夜長 第七夜「ムナクソワル夫」
#akiyonaga
— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
頭の悪いヤツが嫌いだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
もちろん、僕だってそんなに頭の良い人間じゃない。だから自分より頭の良い人たちにはバカにされるのは構わない。けれど、何事にも一定の水準ってものがあるはずだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
だから、僕はその一定水準以下のヤツが心底嫌いだ。非論理的で、感情論ばかり。何かにつけて「気持ち」だとか「絆」だとか言い出す。「人の温かみ」がどうのこうのと余計なお世話だ。姓名判断だとかスピチッチュアリストなんかに騙されるバカな連中。そんな奴らが、僕は嫌いだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
そんなバカと暮らす羽目になった僕は、この十年、ずっと憂鬱だった。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
兄のエイヒコは、母さんの再婚相手の連れ子で、僕より二十歳も年上だった。なにもジジイみたいなヤツと結婚しなくても、と母さんに対して思わなくもなかった。案の定、そのジジイは去年死んだ。僕はまだ十八歳で、来年からは大学にだって行くのに。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
「心配せんでもエエ。お前の面倒は、ちゃんと俺がみる」とエイヒコは言う。長崎出身のくせに、なぜかエセ大阪弁を使う。最悪だ。僕はこんなバカに、まだ面倒を見てもらわなくてはならないのか。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
僕はこんなバカが兄であることが恥ずかしくて、ろくに学校に行けなかった。頭が悪いだけならまだしも、ガサツで声もデカい。他人にプライバシーがあるなんてことを、これっぽっちも判っていない。毎朝毎夕、「おはようサン!」「オウ! お疲れ!」などと誰彼構わず挨拶をする。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
「マサキ、エエか。挨拶は人間の基本や。知り合いじゃのうても、近所の人には挨拶をする。それが人と人との繫がりなんや。人生で一番大切なことやで」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
こんなんだから、エイヒコは近所で有名人になる。挨拶を交わしていくうちに、みんなと仲良くなる。それだけならまだしも、破裂した水道管の応急処置をしたり、殺虫剤を入れた水鉄砲で蜂の巣駆除をしたり、引っ越しを手伝ったり、すっかり人気ものだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
「エエか、マサキ。困ってる人がおったら、自分の出来ることはしてあげるんや。人は一人で生きてるんとちゃう。互いにしてやれることは、とことん協力するべきなんや。それが、人と人との絆なんや。人生で一番大切なことやで」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
僕は近所を歩くと色々な人に声をかけられるようになってしまった。「この前、エイヒコさんに自転車直してもらったの〜」だとか「子供が熱を出しちゃって、エイヒコさんに病院まで送ってもらったの〜」などなど。まったく大活躍だ。本当に恥ずかしい。
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ちなみに週に一回は、そんな感じで人助けをしているので、仕事にも遅刻している。
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「マサキ、おもろい話したろか?」エイヒコがニヤニヤしながら言う。
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角の奥さんが産気づいてたんで、先生んトコまで送っていったんや。案の定、現場には遅刻や。そんで、監督に理由きかれてな。来る途中で妊婦が産気づいとったんで病院まで送ったんですわ、って正直に言ったら、『そんなベタなウソが通用するか!』って怒鳴られてしもうたわ」
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ガッハッハッハ、とエイヒコは笑いながら話していた。本当にバカだ。だから僕は正直に、バカじゃないの、と言った。
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「エエか、マサキ。大事なんは助け合いの心や。人間、見て見ぬ振りが出来てしまうようになったら絶対アカン。そもそもな……」
いつもの調子で語りだす。とことんバカなようだ。僕は無視して自分の部屋に行く。
「おい、マサキ! 聞けや!人生で一番大切なことなんやで!」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
いくらなんでも恥ずかしすぎる。エイヒコが有名になるにつれて、僕まで名前が知られてしまう。それだけならまだしも、なんかよく判らない連中が、僕がそのことで調子にのっている、と勘違いしたようだ。
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まだ学校に通っていた頃、上級生に待ち伏せされて、集団リンチを喰らった。本当に最悪だ。僕は何もしていないのに、エイヒコがバカなせいで、こんな目に合う。
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その数日後、エイヒコは、僕を殴った連中をボコボコにした。そして、そのせいで仕事をクビになる。
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「エエか、マサキ。この世の中で一番大事なんは、やっぱり家族や。確かに俺とお前は、血が繋がっとらん。でも、俺の大事な家族なんや。仕事とか金とか、そんなもんより家族の方が百億倍大事や。だから家族を守るのは当たり前なんや。人生で一番大切なことやで」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
この日を境に、僕は学校へ行けなくなった。兄貴とはいえ、二十歳も年上なのだ。子供のイザコザに、ワケの判らないオッサンがいきなり出てきて、何が『家族を守る』だ。エイヒコは老け顔だから親父だと勘違いされて、僕はすぐに親に泣きつく『もやしっ子』認定をされてしまった。
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それでも通信教育で、なんとか高校卒業認定を取った。一浪はしたけれど、来年度からは大学にだって通うのだ。それなのに、エイヒコはやっと見つけた再就職先も、またクビになる。
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「なんや。最近の若いもんは、ちょっと叱っただけで、すぐダメになるんやな」エイヒコは言う。
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「いや、こっちも真剣やさかい、ゲキを飛ばすやんか。そりゃ、重大なミスしとったら『何しとんのや! 殺すぞ!』みたいな強い言い方にもなる。それやのに、ちょっと怒鳴っただけでみんな辞めてしまう」
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エイヒコのせいで、新しく入った人たちがすぐ辞めてしまうので、ついにエイヒコ自身が辞めさせられたわけだ。
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「現場は危険で一杯や。一瞬の油断が命を奪うことにもなる。エエか、マサキ。慣れてきた頃が一番危険なんや」
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こんなことを言っておきながら、エイヒコは現場で左足を痛めていた。大方、誰かを庇って自分が怪我をしたのだろう。つくづくバカだと思う。でも、そんなバカにも懐く人間はいるようで、後輩の一人だったシゲミツという人がウチにやってくる。
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「俺、納得出来ないっすよ。なんでエイヒコさんが辞めさせられるんですか!」まぁ、類は友を呼ぶとは良く言ったもので、この人もバカそうな顔をしていた。多分、何事も二秒も考えていられないと思う。思ったことはすぐに口にし、ろくに考えずに行動する。そんなバカだ。
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「まぁ、世の中は絶えず変化するってことや。昨日の常識が今日も通用すとは限らへん。俺みたいな古いに人間には、生きづらい世の中にはなってしもうたがな」
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バカ二人が大声で笑っているのを見て、僕は暗澹たる思いになる。聞けば、このシゲミツという人も、エイヒコのあとを追って仕事を辞めたらしい。なんなんだ一体……。
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「やっぱエイヒコさんは、最高っす。俺、生きてきたなかで、こんな良い人会ったことありません。やっぱ、人望があってこそですよ。人生で一番大切なことだと思います!」
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アホだ。
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そんな感じで、二人でハローワークに行ったり、パチンコに行ったりとしばらくつるんでいたらしいけれど、ふと顔を見なくなる。あんだけ仲が良かったのに不思議だ。それとなくきいてみると、「あぁ、シゲミツな。アイツ、飛んだんや」
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は?
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シゲミツは、ギャンブルの負けがかさみ、エイヒコに何十万も借金をしていたらしい。他にも色々と借りて回っていたようで、首が回らなくなったようだ。
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「まぁ、授業料みたいなもんや」エイヒコは笑う。「でもな、マサキ。人を信じる心だけは失くしたらアカン。それでも俺は人を信じるで。信じることからしか、何事も始まらんのや。人生で一番大切なことやで」
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ホントにもう、バカすぎて腹も立たない。いい加減にして欲しい。最悪だ。仕事を辞めさせられた上に、借金まで。
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「もう頼むからさ、死んでくれよ」僕はエイヒコに言った。
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エイヒコは、「ハハハ、そやな」と、曖昧に笑った。
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僕はてっきり、「エエか、マサキ。他人に『死ね』とか言ったらアカンのや。人生で一番大切なことやで」といつものように言われると思っていたので、拍子抜けした。
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しかし、その一週間後、エイヒコは本当に死んでしまう。しかも、死に方までバカ丸出しだった。
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駅で、目の前の女性がパスケースを落としたらしい。エイヒコはそれを拾って返そうとしていた。けれど、左足を痛めていたエイヒコは、早歩きのその女性になかなか追いつけなかった。
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その女性は、ちょうどストーカー被害に悩まされていたらしく、彼氏が帰路の途中まで迎えに来ていたのだけれど、パスケースを渡そうとしているエイヒコが、ちょうどあとをつけているように見えたらしく、勘違いで殴られてしまう。
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事情を説明し、ことなきを得たが、殴られた際に転倒し、後頭部を強く打ったらしい。結局、それが原因で三日後にぽっくりと逝った。
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葬式には、近所の人たち全員が来ていた。みんな泣いていた。エイヒコの遺影には、最高の笑顔の写真が使われていた。その憎たらしいまでの笑顔は十年前と変わっていない。
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「今日から俺たち兄弟やな。まぁ、いきなりは難しいから、一緒に暮らす友人くらいに思うてや!」
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「焦らんでも良い。無理にお兄ちゃんとか呼ばんでもええんや。なんなら、呼び捨てでも構わへんで!」
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「まぁ、なんか不思議な縁やけど、せっかく出会うたんや。仲良うしようや。人と人との出会いは一期一会の奇跡や。エエか、マサキ。これは人生で一番大切なことなんやで」
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初めて会ったときも、エイヒコはそんなことを言って笑っていた。まったく、どこを切り取ってもバカ丸出しで恥ずかしい。遺影から、今にもエイヒコのバカ笑いが聞こえてきそうだ。
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「エエか、マサキ。人はいつか死ぬ。だから、毎日を精一杯生きるんや。自分一人じゃのうて、周りの人みんなと生きていくんや。人と人との絆は大切にせにゃアカン。これからのお前に必要なんは、それや。みんなを助けたってな。それが、人生で一番大切なことなんや」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
エイヒコの声が聞こえたような気がした。何が助け合いだ。そのお人好しのせいで、最後には勘違いで殺されたくせに。どこまでバカなんだよ。
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みんなのすすり泣く声が聞こえる。
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なのにどうして僕だけ泣けないのだろう。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
クソッ。クソッ。クソッ。クソッ。クソッ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19
おわり。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 10月 19