秋の夜長 第三夜「オープンハウス」
秋の夜長 第三夜「オープンハウス」
#akiyonaga
— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
ある朝、目覚めると、母親が枕元に立っていた。なんだなんだこの俺様になんか用かと、目を擦りながら欠伸で朝の挨拶を済ませると、母ちゃんは満面の笑みで俺にこう言った。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「あんた、どうしてもこの家から出られないって言うのなら、もうこの家の中を外にするから。今日から、ここはオープンハウス。万人が出入り自由の公共の場になるから」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
はぁ? ついに俺の母ちゃんもトチ狂ってしまったか。たしかに今まで迷惑をかけた。さんざんかけた。というより、生まれてこのかた、親孝行と呼べるものを何一つしたことが無い。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
それでもこうやって高校を中退して10年以上ひきこもりをやっている俺を見捨てずにいてくれたのだから、トチ狂ってしまったとしても文句は言えない。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
むしろ、そんなになるまで追いつめてしまった自分が今更ながら情けない。うんうん、判ったよ母ちゃん。俺が悪かった。アンタ疲れてんだよ。ゆっくり休んでくれ。と思うが俺はひきこもりをやめる気は一ミリも無い。まぁ、肩くらいは揉んでやろう。二度寝のあとでな。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
というわけで二度寝する。昼すぎに起きる。なんだか下の階が騒がしい。誰か来てんのか?と思いつつもまだ眠いので目を閉じる。でもうるさい。俺の部屋は二階で、真下はちょうどリビングだ。そこがうるさい。っていうか、なんか唄っている。なんだこの曲?
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
苦情を言うために下に降りる。あ、これ聞いたことあるな。ロシア民謡の「黒い瞳」だ。んだよっ、うるせー、静かにしろよとドアを開けると、知らないおっさんが酒を飲みながら唄い踊っている。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「誰だよ?」と俺が言うと、そのおっさんの踊りを眺めていた母ちゃんが「言ったでしょ? 今日からここはオープンハウスだって」などと言う。マジかよ。本当に知らんオッサンが家の中に入ってきてる! しかも地味に上手い。なんなのこの人? フランク・シナトラに声が似てる。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
それから、どこから噂を聞きつけてくるのか、色んな人たちが、俺の家を出入りした。ホームレス風の奴らには風呂を提供したり、リビングで十人くらいとメシも食った。「俺たちもう、同じ釜のメシを食った仲だな」と、黒い瞳のオッサンが言う。って、おいおい。
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「母ちゃん、マジでいー加減にしろよな。アブないヤツとか来たらどうすんだよ?」
「大丈夫よ。お母さん、強いから。元傭兵だし」
「はぁ? なに言ってんだよ……」
「あなたには話したことあるわよ」
「いやいや……」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
確かに子供の頃、寝る前に聞かされた話は、母ちゃんの武勇伝だった。湾岸戦争で、たったひとりで一個中隊を撃破したとか、ヘイロー降下のときに隣りの兵士のパラシュートが上手く動作しなかったから開いてやったとか、そんときの兵士が俺の父ちゃんだとか……etc。
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子供に聞かせる話としてはどうかと思うし、てっきり作り話だと思っていたけど、違うのですね? 本当に傭兵だったんだ、じゃー安心安心。って、んなわけあるか!
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と、思っていたけれど、寝込みを遅いにきたバカを母ちゃんは本当に倒してしまう。深夜、物音に気付いて俺は母ちゃんの寝室に向かう。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
そこには、侵入者の間接をキメる母ちゃんの姿が。間接をキメつつ喉元にコンバットナイフを突きつけている。その身のこなし、まさに熟練のワザ! って感じで俺は母ちゃんが元傭兵だという話を信じかける。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
いやいや、たまたまでしょう。っていうか、ほら、いわんこっちゃない。オープンハウスとかいって開けっ放しにしてるから、こういうことになるんだよ!
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けれど、その侵入者は指名手配中の強姦魔で、その後も金品を盗みにきた泥棒をブービートラップで撃退し、めでたく逮捕する。近頃、ここら辺を荒らしている空き巣だったようだ。そんなこんなで、母ちゃんは警察に表彰される。俺は押し入れの中ににバレットM82を見つけて焦る。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
どうやら俺の母ちゃんは、マジで元傭兵らしい。
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次第に噂が広がり、色んな人たちが俺の家に出入りするようになった。以前のような犯罪者はもう来なくなった。俺はあの機関銃が使われることにならなくて、本当に良かったと思う。
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ある日の夕飯はカレーだった。そのとき一緒にメシを食った人の中に、母ちゃんの傭兵時代の仲間がいた。見た目からして厳ついオッサンで、松重豊っぽい。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「あぁ、サユリさんのカレーは本当に美味しい。戦場の日々を思い出す」なんて言う。何言ってんだ?このオッサン、と思って俺が笑うと、重松さんは俺の頭をがしっと掴み、いいかボウズ……、と言った。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「いいかボウズ……、ジャングルの戦闘ではな、カレー粉が重要なんだ」
「え、あ、はい」
「弾薬よりも何よりもな」
「は、はぁ」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「食料が尽きても、作戦を遂行しなければならないときがある。そうなったときに、命を繋ぐのがカレー粉だ。カレー粉さえあれば、野生動物だろうとなんだろうと、臭みを消して、食えるようになるんだ。良いか、憶えておけ。腹をすかせた軍隊ほど恐ろしいものはない」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「は、はぁ」傭兵恐るべしだな。っていうかカレー粉スゲぇ。
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テレビの取材も受けた。番組改変期にスペシャルで放送するらしい。俺はまさか自分の家が「ビッグダディ」みたいなコンテンツになるなんて!と思ったけれど、ディレクターが優秀なのか、演出めいたことは全然言われない。ただカメラ回してるだけ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
そんなんで番組として成立するのかよ、とも思うけれど、毎日何かしら起きるし、退屈はしないだろう。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
芸能人も泊まりにくる。別に俺んちは田舎にあるわけではないけれど、泊まりにくる。弁護士、公務員、官僚、政治家。そういう人たちも俺んちを出入りする。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
海外の有名アーティストのPVも手がけるグラフィックアーティストの極楽蝶さんに俺は懐き、彼のパソコンでCG制作を教えてもらう。これが結構楽しくて、これを仕事に出来たら良いな、などと思い始める。
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母ちゃんも俺がその気なら、とMacBook Proを買ってくれる。ありがたや〜。
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「俺も昔、ひきこもりやったんやで」と極楽蝶さんが言う。
「そうなんすか」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「そう。しかも社会人になってからな。普通のサラリーマンやっとったんやけど、上司がクソみたいなアホでな。会社行けなくなってしもたんや。んで、家でも出来る仕事を、と思ってパソコンで絵を書き始めて。まぁ、運が良かったんやな」
「いやぁ、でも、すごいっす」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
「まぁ、結局会社起こしたから、外出ることになったけどな。でも、俺が社長や。良いでぇ〜。上司がいないってのは。それだけで仕事が百億倍ラクや」
「ほぉ。そういうもんですか」
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
というやりとりが、テレビで放送される。例のスペシャル番組が好評で、今では深夜の三十分番組になっている。1クールの予定だけど、視聴率しだいでは、シーズン2もあるという。
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ほぇ〜、と思いながら、ベランダに出て俺は自分の将来を少し考える。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
このまま、外になったこの家の中で、いろんな人たちと交流していくこと。それは、とてつもなく価値のあることだろう。寧ろ、この家を出て行くことのほうが勿体ない気もする。この家はもう限りなく『外』なのだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
けれど、やっぱりここは母ちゃんが用意してくれた『外』であり、オープンハウスなどといってもやっぱり俺の家で、俺がなにかをするためには、出て行く必要があるだろう。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
今こうして、ここにいる人たちと関われたことで、俺はひきこもりをやめる覚悟というか、そんな大したモンじゃないけれど、ほんのちょっと自信がついた、と思う。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
けれど、厄介なのが、俺の出て行くべき家が限りなく『外』になってしまっている点で、仮にこの家を出ても、『外』に出たことにはならないような気がしている。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
じゃあ、どうしようかな、なんて夜空を見上げると、星みたいな物体がキラキラしているのが見える。ISSだ。よし、と俺は宇宙飛行士になる決心をする。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
まぁ、高校中退で10年も引きこもりをやっていたやつがおいそれと宇宙飛行士になんかなれるわけがないのは判っている。でも俺が出て行くべき『外』は、やっぱり宇宙で、大検受けて大学で勉強して、ってもうほとんど手遅れみたいにも思えるけれど、そこを目指すしかないのだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
でも、何が何でもってわけでもなくて、ほんのちょっとでも宇宙に関わる仕事が出来ればいいな、と思う。俺自身じゃなくても、俺の仕事が宇宙に行ければ、それはそれで嬉しいのだ。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
だから、もう今すぐにでも勉強を始めようと思う。俺はMacBook Proで色々と調べる。テレビカメラが、そんな俺の姿を映す。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
どうだ、面白いだろう? ひきこもりが宇宙飛行士を目指すなんてさ。いかにもテレビが好きそうなネタだろ? いいぜいいぜ! じゃんじゃん撮ってくれ!
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
どうせなら、シーズン8くらいまで続いて欲しいですね。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29
おわり。
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— 王木 亡一朗 (@OUKI_Bouichirou) 2015, 9月 29