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短編集「kappa」のチラ見せ「正しさ」

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 6/4に発売予定の王木亡一朗の新作短編集「kappa」

 某サイトで公開していた「河童」を加筆修正し、三つの書き下ろし短編と雑誌掲載された短編の計五作を収録しています。

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・河童

・正しさ(書き下ろし)

・悲しみ(初出 月刊群雛05月号)

・大人は判ってない(書き下ろし)

・Any Day Now(書き下ろし)

 

 〜あらすじ〜

 中学二年生の沢田ひとしは、子供の頃に川で溺れた。当時の記憶は曖昧だが、最近になって、またその時の悪夢を見るようになっていた。そんな時、ひとしが通う中学校に怪し気な関西弁を話す河西こうじが転校してくる。何かにつけて、ひとしに因縁をつけてくるこうじだったが、ある日、こうじは自分たちは、河童だったと言い出し……。(河童)

 

 Kindleストアの自動サンプルで「河童」は読めると思うので、書き下ろしの三作の冒頭を一日ひとつずつ載せようかと思います。大丈夫ですかね? 10%以内なら良かったはず。ということで、今回は「正しさ」から。

 

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 正しさ

 

 皆内さんの旦那さん、不倫してるっていう噂が流れてますよ、と言ってきたのはよりにもよって曲川凛子で、私は、あー、なんか面倒くさいことに巻き込まれそうだなぁ、と他人事みたいに思っていたのだけれど、そう言えば晋也くん最近帰り遅いし、ちょっと態度とか素っ気ない感じがしていたから、思い当たる節がないわけでもなかったんだけど、それは単に仕事が忙しいからだと思っていて、実際、晋也くんは私が前に勤めていた会社の組織開発部門で、バリバリ頑張っていて、ここ数ヶ月は小田急相模原駅の近くに新しい店を出すから、残業が続いている。

 私と晋也くんこと波多野晋也は、三年前に職場恋愛を経て、結婚。二年前に息子の亮介が生まれて、私は会社を辞めたのだった。曲川凛子は私の一年後輩の社員で、入って来た当初は、同じ部門にいて、私が教育係みたいなものだったから、『先輩』なんて呼ばれていたけれど、なんとなく気恥ずかしいし、ちゃんと名前を呼ばれないってのが、なんだか嫌で、ある時を境に名字で呼んでもらうように言ったので、結婚して『波多野』になっても私を『皆内』と呼んでいる。

 そんな曲川凛子は、どうやら晋也くんの事がちょっと好きだったみたいで、結婚するまで、私たちの関係は職場の人たちには内緒だったから、まぁ、ちょっと彼女には悪いことしたかな、と思わないでも無いのだけれど、彼の不倫の噂を話す曲川凛子の顔は、『他人の不幸は蜜の味』とでも言わんばかりの笑顔というか、どことなく楽しそうで、まぁ、別にこの子になんと思われても、私は気にしないから良いんだけど、なんとなくまだ晋也くんのこと引きずっているのかな、なんて考えると、やっぱり面倒くさそうなことに巻き込まれるんじゃないかと、憂鬱になる。

 新百合ケ丘の私の実家に、亮介を預けて私はワーナーマイカルに『ゼロ・グラヴィティ』を観に行っていて、駅前で偶然、曲川凛子に会ったのだった。懐かしかったのと、まぁ、あれから二年も経っているのだし、と私も少し油断していて、流されるままベローチェでお茶をする。

「開発部門に、院卒の新入社員の女の子が入って来て。波多野さんが付きっきりで、指導してるんです。その子、中村小百合さんていうんですけど……」アイスコーヒーの上にソフトクリームが乗っていて、それをちびちびと食べながら彼女は言う。「芸能人でいうと、水原希子ちゃんに似ていて、一応素直なんですけど、時たま頭が良いのを鼻にかけるっていうか、悪気は無いんでしょうけど、無意識に私たちをバカにしているような瞬間があって。それで……」と、憤りを表しつつも、楽しそうに喋っている彼女の話を私は、ちょっと聞き流す。

 あーあ、ちょっとキツいなぁ。自分の旦那が浮気しているかもしれない、という重要な問題もあるのだけれど、とりあえず、今この状況を抜け出したい。彼女の話はまだ続いていて、話題は職場の愚痴になっている。私は、うんうんとか、そうだよね、とか相槌を打ちながら、まぁ、同じ職場の人には、こういうぶっちゃけた話って、なかなか出来ないし、旦那がまだそこにいるとはいえ、もう辞めた人間になら、話しやすいだろうなぁ、なんて思いながら聞いている。

「なんか、ごめんなさい。愚痴みたいになっちゃって。こんな話、つまらないですよね」と、私が適当に流しているのを察したのか、曲川凛子が言う。

「あ、ううん、こっちこそ、ごめんね。子供を親に預けて来たから、ちょっと気になっちゃって」と、私は言い訳をする。

「いえ、こちらこそすみません。じゃあ、そろそろ行きますね、私」

「あ、うん。私も行く」と言って、伝票を取って支払いも私が済ませる。彼女は遠慮したけれど、辞めちゃったけど先輩だし、と言って払い、じゃあまたねー、と言って彼女と別れ、実家に息子を迎えに行って家に帰る。

 亮介に夕飯を食べさせて、寝かしつけた後、ダイニングの椅子に座って晋也くんの帰りを待つ。

 晋也くんが浮気、という可能性について私なりに考える。晋也くんは、どちらかというと、浮気なんてしなそうなタイプだ。希望的観測、と言われればそれまでだけど、なんていうかそういうタイプじゃない。そう、言うなれば、彼は性欲が薄いタイプなのだ。付き合った当初こそ、週に一回はしていたけれど、だんだんと減っていき、亮介が生まれてからは、月に一回あるかないか。一人でしている様子も無いし、それとなく聞いたこともあるけれど、自分でも、あんまりそういうことしないタイプだって言っていた。

 そういう人だから、曲川凛子の話は、全然腑に落ちないんだけれど、子供生むと、奥さんのことを、そういう風に見てくれなくなるって話はよく聞くから、もしかしたら……、なんて考えが過る。でも、毎日遅いのに、休みの日には、家事とかも手伝ってくれるし、亮介のことも進んで面倒見てくれているから、私は信じたくないし、こんな事に煩わされるのも、なんだか癪だ。

 そんな事を考えていると、十二時ちょっと前に晋也くんが帰って来る。

「ただいま。って、祥子ちゃん、まだ起きてたの?」

「うん。いつも先に寝てるのものね。お疲れ様」

「ありがと。でも、良いよ? 家のことも大変でしょ?」

「ううん。今日は、お母さんに亮介見てもらってたし」

「あ、映画観に行ってたんだよね。ごめんね、僕が付き合えないから」

「ううん。そんなことないよ」

「それで、面白かった?」

「うん。まぁまぁ」

「そう」晋也くんは笑って、コートを脱ぐ。

 彼が着替えている間に、私は夕飯に作っておいたカレーを温め、冷蔵庫に入れておいたサラダのラップを外して、ドレッシングをかける。

「あー、お腹空いたなぁ」

「もう、出せるよ」

「ありがと」

 お皿に装ったご飯の上に、カレーをかけてテーブルに置く。

 会社で軽く食べているらしいけれど、家で食べないとお腹が空いて眠れないという。夜中に食べるのって、あんまり健康に良くないんじゃないかな、と思うけれど、食べてくれるのは嬉しい。

「ビールも飲む?」

「いや、大丈夫」

 晋也くんは大体毎朝、七時頃には家を出て、夜は十一時頃に帰って来る。今日は遅かった方だ。残業が無ければ七時頃には帰ってくるのだけれど。

「どう、やっぱり大変?」

「うーん。まぁ、オープン前はね。毎回、もっと前もって余裕のあるスケジュールでやれよ、と思うけどさ。どこも大体ギリギリになるんだよね」

「あぁ、そうだよね。なんでなんだろうね?」

「ずっとそうやって来てるからじゃない? 締め切りが迫って来ないと、エンジンがかからないんだよ」

夏休みの宿題じゃあるまいし」私は笑う。

「本当だよね、ははは」カレーを頬張る彼を見ながら、私は今日のことを話そうか迷う。

 

(続)

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Kindle版は縦書きです。五作合わせて約9万字です。