直列と並列
マイナー美術雑誌でライターの端くれみたいな仕事をしているH山と、高橋道元の個展に行った確か、没後何年かで、新潟で個展が開かれるのも何年かぶりらしい。
H山とは同じ高校だったけれど、彼は東京の大学に行った。でも、毎年、夏と冬には帰って来て、同窓会というわけではないけれど、地元の友達何人かと、夜通し飲んだりしていたから、今でも連絡をとる。さすがに最近は、減った方だったけれど。
一昨日の夜くらいに、H山から突然電話がかかって来て、高橋道元の個展に誘われた。仕事で取材しにいくけど、どう? 確か、美術好きだったよな?ってな感じで。
僕はN岡造形大学を中退したから、まぁ、単なる美術好き、ではあるのだけれど。
まぁ、そんなこんなで、朱鷺メッセで開かれている高橋道元の個展に行く。世界的に有名な彫刻家だ。しかも、新潟県出身。小学生の頃から、何かと言えば、この人の作品を見に行った。学校行事でもそうだし、両親に連れられても。
僕は、正直言えばあまり好きじゃない。なんというか独特の迫力があって気圧されるのだ。同じ新潟県出身の芸術家で言えば、篠田濫雪の方が、僕は好みだ。
でも、子供の頃から見ているとはいえ、いや見ているからこそ、大人になって、改めて彼の作品を見てみると、色々と思うことがあった。特に、『連続した境界の先人』という題名が付けられたコンクリートの彫像。目がガラス玉で出来ている。僕は、この作品を見て、言葉にはできないくらい、感動した。綺麗だなとか、感じたわけではない。ただ、今ままで感じていた『気圧される』という感覚とは少し違った、『引き寄せられる』というような感覚だった。
一通り見て回って、ロビーでH山と合流する。
「どうだった?」H山は、手帳に何かを書き留めながら、僕にきいた。
「うん。よかったよ」僕は言った。凄く感動はしたけれど、それを上手く言葉には出来ない。
「なんだよ、それだけ?」彼はどことなく不満げだ。
「えっと、感想ってこと?」
「そうだよ」
「うーん、まぁ、アレだね、なんていうか……。そうそう、アレは良かったよ。『連続した境界の先人』だっけ? 高橋道元って、実はちょっと苦手だったけど、アレは良かったな」
「あのさ、何がどうよかったわけ?」
「いや、ちょっと待ってよ。君は、職業がライターだから、すぐ言葉が浮かぶんだろうけど、僕は違うから。印象は、もちろん言葉にならないくらいあるけれど、なんていうか……。うーんと、とにかくすぐに言葉にはできないよ」
「うーん、お前さ、造形大行ってたからちょっとは分かるかなって思ったんだけど」
「いや、分からなかったわけじゃないよ」
「でも、言葉にできないんだろう?」
「それは、だからさ、言葉じゃないもので理解はしてるんだよ」
「それは理解とは言わねーよ」
「そうかな?」
「そうだろ? こっちはさ、普段から感じたこととか思ったこととか、見たこととか聞いたこととか、何かと必死になってさ、やっとの思いで言語化してんだよ。それなのに、『良かったよ』しか言わないヤツが理解してるとは思えんね」
「あのさ……」昔から物事をはっきり言うヤツだったけれど、さすがの僕もちょっとだけ腹が立った。「それを言うなら、言語化出来たって、それは理解していることにはならないんじゃないかな?」
「なんでだよ?」
「いや、全く理解していないって事はないと思うよ。言語化出来るのなら。でも、そもそも言語化出来ることなんて、、ほんの少しの場合もあるんじゃいかな?」
「なんだよ、それ?」
「うん。上手くは言えないんだけど、自分が感じていることって、全部言語化出来ないでしょ?」
「まぁな」
「でも、物事の本質って、その言語化出来ていない部分にもある場合があるじゃない」
「それはそうだ」
「だから、なんとなくわかんないかな? 僕の言いたいこと」
「何となくはわかる」彼はそこで少し笑う。「でも、それでも言語化することは大切だよ」
「他人に伝える場合はね」
「ん?」
「つまり、頭の中だと、思考は並列で行われているっていうかさ。でも、それを他人に伝えるには基本的には言葉しかないから、それを直列にするわけでしょう?」
「ん? うん」
「でも、元々並列で行われていた思考は直列には出来ないっていうか、出来たとしてもいろんなものが失われてしまうんだと思う」
「うん」
「だから、芸術家ってのは、言葉で説明するんじゃなくて、絵を描いたりするわけでしょう?」
「そうなのか?」
「いや、わかんないけど」
「そっか……」
それから、彼のおごりでイタリアンを食べて、僕らは別れた。
帰り際、彼から「ありがとう。またな」と言われたけれど、僕はただ高橋道元の個展に行って、ご飯をごちそうになっただけだ。